" 園芸・家庭菜園" の最近のブログ記事
ゴーヤがみどりから黄色に変わりだいだい色に近くなるとゴーヤのお腹がパカーと割れ不気味な真っ赤なゼリーに包まれたゴーヤの種が顔を出す。
しばらくすると赤いぜりーに包まれたゴーヤの種がポタポタと地上に落ちてくる。
わたしはゴーヤの種がポタポタ落ちるのをいつもゴーヤがたまごを産んでいるーといって騒ぐ。
ゴーヤがたまごを産む前にとってしまえばだいだい色のゴーヤも真っ赤な種を包んでいるゼリーも食べられるから「ああーもったいない」と騒ぐのだ。
ところが真っ赤なゼリーを3本分、種にして70~80コを1日で食べてしまったわたしは全身にピリピリとしたイタがゆみが出てきた。
後にも先にもこんな気持の悪いピリピリしたイタがゆみを感じたことはない。
この真っ赤なゼリーは小さな種を包んでいるだけだからほんのわずかだ。
甘さにつられてアホのように食べたから、なにか分らぬ全身の神経がピリピリと電気が走るようにイタがゆみを感じどうしようもなかった。
ゴーヤがとれ過ぎ、真っ赤な種の入った黄色のゴーヤがあるが真っ赤なゼリーを食べる気はしない。
緑の葉かげで気分ルンルンルン。
わたしの庭から出て行かないあおガエルのみどりちゃんが緑のカーテンのゴーヤの葉かげにきてじっと座っている。
太陽がカンカンと照り付けても緑のゴーヤのカーテンの下は居心地がいい。
ゴーヤの実は緑だから葉かげにかくれると探せない。わたしは蚊取り線香を置きながら黄色の小さな花が咲く雌花に赤や青のひもで目印を付けておく。
チョット見落とせばゴーヤの実は黄色に変色して熟れてしまう。
こうなれば緑の葉かげで花が咲いているようなものだが、これが恐ろしい。
黄色に熟れてきたゴーヤの実をそのままきれいだなんて見ていると、アッと驚く。
ゴーヤのお腹がパカーと割れる。
そのままにしていると今度はお腹のなかに真っ赤な実がズラリーと並んでいるのが見える。
なんだーコリヤー、となお見ていると次がすごい。
真っ赤なゴーヤの実がポタポタ、ポタポタ地上に落ちてくる。
ゴーヤが赤ちゃんをうんでいるー。
母ゴーヤはお腹の実を地上に落す、地上に落ちた真っ赤なゴーヤの実はよく目立つ。
なんでこんなに目立つのかさわるのもイヤな感じ、ところがこの真っ赤なゴーヤの実にアリが真っ黒になってたかっている。
アリが真っ赤なゼリーみたいなところを全部なめてしまうのか吸ってしまうのか夜になるとなめくじがなめてしまうのか吸ってしまうのか赤いゼリーはまるでない、ギザギザとした水マクラを小粒にしたような実が落ちている。
これがゴーヤの実なのだ、なんとも不気味なゴーヤの赤ちゃんの誕生だ。
始めて見た時にはゴーヤの赤ちゃんというより悪魔の誕生に思える。
近くの店でスイカやプリンスメロンやキュウリやトマトやナスやカボチャ、オクラやゴーヤ、数えれば20~30種類以上は売っている、これがいい。
農家のおばさん達が作った野菜だから懐かしい昔の味と香りある。朝一番で届くから新鮮でおまけに安い。路地で出来た句の野菜ばかりである。
値上げ、値上げ、値上げは続くよ、どこまでもー、野を越え山越えどこまてもー、物価は軒並みまだまだ上がるけど給料は上がらない。
こうなったら無駄な抵抗でもなんでもいい、値上げなんて恐れることはない、句の野菜、句の魚を食べればいい。ハウスで作られ年中出回っている野菜が美味しい香りと味と栄養があるなんてわたしにはとても思えない。
季節はずれの野菜を食べたいと思ったことがないし、値段が倍以上もしている季節はずれの野菜を買わないから、わたしは困りはしない。
句の野菜や句の魚ってどんなものか知らない人が多いのか、句なんてしらねーのか、苦なんてイヤーってのか1年中よくまー飽きもせず季節はずれの栄養分の少ない高いものをお食べになる人っているもんだなーと感心する。
値上げ値上げで音をあげて日干しになる前に句の野菜と食べ方の工夫で値上げなんて吹き飛ばしてやろうとわたしは考えている。
句の野菜で切干大根など作って置けば1年中使うことが出来るし、ナスの天日干しもいい、ゴーヤの冷凍だって便利だしもちろん天日干しも作る。
1年中、句の野菜を使いこなせば毒入り野菜だーなんて心配することはなない。
サツマイモだって干しいもにしてしまうから太る太る、暇さえあればムシャムシャ無駄食いしているから半量にするだけで赤字から黒字にわたしはできる。
捨てる物と無駄食いをやめるだけで値上げの嵐に立ち向かうのも苦ではい。
国の赤字は黒字なんかに変える気なんてまるでない。先延ばし先延ばし、そんなの知らねー。選挙だ、選挙だ、選挙に勝てば消費税上げてやるーーー。とヨトウ虫はなきだしている。秋の虫よりタチが悪い。
春の初めバタバタ出て来た小さなバッタの子供は可愛かった。
芝の上を愛嬌よく飛びまわっていた。
子供の時はなんだって可愛い、猿なんてバカがつくほど可愛いヨ。
そうだ。アソーのサルなんていう口の曲がった木から落ちたサルが今じゃオオザルになって世間に金持ち優遇税作りたくて騒いでいるわなー。
このサルの顔がド悪すぎる、えらーいヨトウ虫先生ってのは何であんなに顔が悪くなるのかしらね、まともじゃないヨ。
だけど急に顔が悪くなったわけではないね、まー金、金金、かね、かねかね、なんて金、追っかけているうちに顔があくま面してきたんだろーヨ。
嘘だと思うのなら自分の顔、鏡で見てみればいい。
誰がみたってアアーヨン様なんて言う顔ではない。
ところでわたしの庭の畑に住み着いているバッタがバタバタと音をたているいる、10センチ以上はある、なんだーコリヤー。
わたしの大事な青じそを全滅させた憎きヤツ。
エーイ、こうなったら捕まえてやる、ビニール袋をポンとかぶせハ、ハ、ハ、1ピキ2ヒキ3ビキ...袋に入れて逃がしはしない、明日はゴミ出しの日だハ、ハ、ハ。
もう同情などしない作物でも人でも一生懸命いきている庶民を食い物にするエラーイセイジカセンセイ、キキキー、気をつけましょう。
オクラの実って中身は種だらけ、1本残しておけば来年用のいい種が出来る。
わたしは種は自分で取るものが多い、スイカも冬菜も小松菜もネギもタマネギも大豆もえんどう豆もゴーヤもカボチャもとっている。
オクラは花が咲くと1週間もせぬうちに緑の五角形のオクラの実が出来る。
少しでもとり忘れればオクラは筋だらけで硬くて食べられなくなる。
硬くて食べられないより小さめでも食べてしまった方がいい。
オクラの花は淡い黄色でハイビスカスをやさしくした感じだ。
オクラは花が咲いたら毎日見た方がいい、とに角すぐに実が出来る。
子供の頃、近くの農家でゴーヤを作っている家があった。イボイボしていておいしそうではないがキュウリみたいに沢山ついているからどうしてわたしの家では作らないのかと思っていた。
「ゴーヤってどんな味なの」と母に聞くと「あんなまずくておいしくない物はない」と言われた、それ以来わたしはゴーヤはまずいもの、うまくないものと思っていた。
ゴーヤがあるのにわたしは20~30年は食べていなかった。アホと言うよりほかはない、知らないというのは恐ろしい、健康志向で誰もかれも体にいい、栄養栄養とテレビが騒ぎ出してからヤット知ったゴーヤの味。
ウーンにがい、が食べてみれば癖になる。ゴーヤはいくらでも鉢植えで出来る、にがいからか虫がこないし暑さに強くて作りやすいからわたし向きだ。
ゴーヤの大、中、中、小は使いやすくて丁度いい。
秋の七草なのに夏が来ると一斉に黄色の花が咲き出す。日当たりのいい庭の片隅に毎年咲いているオミナエシの花。
子供の頃から野山を駆け回っていたわたしは山野草で嫌いなものはない。
たとえへびいちごなんていうイヤな名前でも山の中では黄色の小さな花はそれなりに可愛いしブツブツしたような赤い実だって触ってみる気はないが花のようでそれなりにいい。
わたしの小さな庭の畑に3~4年前一株植えたオミナエシが増えてしまった。種が出来て出来ておまけに発芽率100%であるから増えるばかりだ。
こんなに増えるオミナエシがどうしたのか野山で見かけることがなくなった。
野山で花が咲いていれば採って行く盗んでいく花ドロボウがいるのだ。わたしの登る近場の山でも堂々と袋を持って春欄や銀欄や山ゆりやおにゆりまで採っている人がいる。
花の頃に根からとられたら種がどんなに出来るオミナエシでも全滅だ。
欲しかったら花屋でかって庭でもどこでも植えればいいのだ。
わたしはオミナエシの種をまいて歩こうかと思っている。
