稽古の名で殺された
朝一番テレビの前で私は、あっぱぐちを開けて、手、足が動かなくなってしまった。時津風親方がビール瓶で斎藤さんの額を殴り、傷を負わせたらしい。兄弟子らが斎藤さんに暴行したり、たばこの火を押し付けるなどしており、遺体には火傷の跡が数ヶ所あった。
この記事を27日朝刊でみた時には、頭のてっぺんまで怒りを感じた。相撲界にはーしごきーと言うのがあり、これは力をつけさせ、鍛える愛のムチだと言う。しかし若い力士が死亡するほどのことである。よほどのリンチ、しごきでなければこんなことにはならない。
朝青龍の品格のなさをテレビでみた時にも、あっぱぐちを開ける程のずうずうしさをテレビは見せてくれた。
しかし私はこんな品格のない裸の王様を作り出したのは、誰でもない親方ではないかしらと思った。なぜか、はっきりしないひっぽかし親方、親方自信が「わたしもお肌ツルツル」なんてバカとぼけしたこと、平気で言っているんだからーなんだこりやーって感じ。
親方の品格、人格もっと重たい腰あげて考えないと相撲界大変だヨー。
どんな言い訳があろうと集団リンチ殺人だ、決して許すことなど出来ない。我が子を殺された親の無念が、どんなものか親方わかりますか。
私も息子が同じ立場で「帰りたい」といったら「もう少し頑張ってみたら」と必ず言う。それが親だ。そこには部屋を信じ、親方を信じ、すもう世界を信じて送りだしたからだ「おおすぐに帰って来い」などというはずがない。こんな集団リンチがあるなど、夢にも考えるはずがない。
これが相撲界というならば、節度を知らない殺人集団になる。加わった力士は同じようなリンチをうけ死を選ぶのが責任というものだ。これこそが自分のおこなった真の責任のとりかたではないか。
それが出来ないのであれば、けして人を死においやる行為など、してはならぬと思う。
せめて深い謝罪が早くありますように、ウッチャリなどにしないで下さい。
人を殺しておいて「出来れば生かして欲しい」などと言ったバカがいる。
生かして欲しいという前に謝罪の言葉をするものである。
自分の罪というものを感じもせず、真実すらも語らず、法廷という場所でこの男は「私をなめないでほしい」と言った。
この時、私はテレビの前であっぱ口をあけ、みいっていた。
21人もの弁護団がつき、腹のなかで7年でシャバに出られるとセセラ笑っていたのだろうか。人を殺せば殺人である。この男に21人の弁護人がついたのだ。
この男に人権があり、ただ殺された、なにもしない親子の人権をどうするというのだろうか?
正義のかけらもない非常識な1人の弁護人により長い裁判が、今も続いている思うと「私がやります」法が裁かないのであればと私も言いたい。
これが大事な親、子、妻、夫を殺された人の素直な心であると私は思うのです。
それとも、罪を憎んで、人を憎まずですか。
このような事が突然、家族をなんの罪もなく殺された人に、なれと言うのでしょうか?
これでは殺された人は、ただ損をしただけですか。
えらーい、先生方はえらーいから、突然なんの罪もなく、愛する家族を殺されても
心が心がひろーいから、罪もつぐない反省もしたからと、なんのいかりも感じず、あとは真面目に真面目、生きていきなさい。
こう言って心で泣くのでしょうか。
私はただ殺人という行為が大嫌いなだけてす。
だから簡単に殺人を許せないのです。
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